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大阪家庭裁判所 昭和55年(家)1841号 審判

申立人 高野英次

相手方 高野茂一 外四名

主文

本件各申立を却下する。

理由

一  申立の要旨

申立人は、持病のてんかん症のため、就職先もなく、結婚もできない状態なので、亡父母がその生存中同胞らに申立人の扶養を依頼していたが、相手方らは、父母の死後申立人を扶養しようとしない。申立人は、現在生活保護を受給し一応経済的安定を得ているので、求めるところの扶養は金銭又は引取扶養ではない。申立人は、てんかん発作があるうえ、独居しているので、相手方らが申立人の身体を案じ、時々来訪し、身辺の世話をしてくれることを求めるのである。

二  本件記録によれば、次の事実が認められる。

1  申立人は、大正一一年九月二六日大阪市で亡高野松一郎(昭和四七年九月一四日死亡)と亡高野トミ(昭和五〇年三月二一日死亡)の四男として出生した。

相手方高野宇良(以下「相手方宇良」という)、同太田登志(以下「相手方登志」という)、同久田梅(以下「相手方梅」という)、同野々木久(以下「相手方久」という)及び亡高野英三郎(昭和五五年一二月二六日死亡)は、いずれも亡松一郎とトミの子であつて申立人と二親等の関係に、相手方高野茂一(以下「相手方茂一」という)は同宇良の子で申立人と三親等の関係にある。

2  申立人は、昭和一〇年○○商業中学校へ入学し、在学中てんかん発作を起し、その後各地の病院で診療を受けたが、治ゆするに至らなかつた。

申立人は、卒業後就職し、昭和一七年から兵役に就き、昭和二一年復員した。申立人は、戦後再び就職したが、てんかん発作や対人問題のため一個所に永続きせずに失職し、昭和四六年ころから定職に就いていない。

3  申立人は父の生存中父によつて扶養されていたので、相手方らと格別対立がなかつた。父松一郎は、死亡に際し、英三郎を中心に相手方らに対し申立人への援助を依頼した。ところが、申立人は、父の死後英三郎及び相手方らと遺産の帰属をめぐり争うようになり、当庁に英三郎と相手方に対し親族関係調整の調停(当庁昭和五一年(家イ)第四二三八号事件)を申立て、以後両者間で遺産分割の調停(昭和五二年(家イ)第六〇四、六〇五号事件)など一連の紛争が続いた。これらの紛争の過程で、申立人と相手方らの感情的な対立は激化し、その関係は険悪化の一途を辿り、相手方による申立人への援助もなされず、申立人によつて昭和五四年七月二六日本件調停が申立られ、同五五年五月三〇日不成立となつて、本件審判に移行した。

4  申立人は、母の死後相続により取得した肩書住所地所在の建物に独居し、昭和五三年七月から生活扶助及び医療扶助(現物給付)を受け、昭和五七年一一月現在月額平均約五五、〇〇〇円を受給し、同年一二月から厚生年金月額平均約二七、〇〇〇円と生活扶助(厚生年金受給相当分を減額)を併せて受給し、同五八年一二月二七日現在約一七〇、〇〇〇円の預金を有している。また、申立人は、相続により取得した賃貸中の建物を所有している(賃料は供託中)。したがつて、申立人は経済的には一応充足しており、申立人も相手方らに対し経済的給付を求めていない。

5  しかし、申立人は、てんかん症であり、二週間に一回医師の診察を受け、定期的に投薬を続けているが、二か月に一度位主として夜間に発作が生じるため、意識喪失状態になることがあり、身体に負傷したり、入浴中の場合には火傷したりするなど危険な状態にある。

6  相手方宇良は、明治四一年五月一九日生の高齢で老齢年金を受給するほか、和裁によるわずかな収入を得ているだけで、同茂一と同居し、同人によつて扶養されている。相手方宇良は、循環器の疾患があり、定期的に通院治療を受けているので、他人の面倒をみる余力はない。同相手方は、申立人の隣りに居住しているため、しばしば申立人と悶着があり、申立人への対応に疲れ、本件申立に対し消極的である。

7  相手方登志は、年金生活者である夫と同居しているが、夫に心臓疾患があり、その世話をする必要があるうえ、自らも心臓肥大で健康にすぐれず、また申立人との過去の経緯からして本件申立に応ずる余力も意思ももたない。

8  相手方梅は、開業医である夫と同居しているが、夫が明治三七年生の高齢であるうえ、脳溢血のため左半身が不随であるためその世話をしながら医院を手伝つている。同相手方は、夫とともに申立人の就職をあつせんするなど申立人の面倒をみてきたが、申立人から再三調停の相手方にされてきたので、本件申立に対し消極的である。

9  相手方久は、病弱のため勤務先を退職し、加療中の夫と同居しているが、申立人との過去の経緯からして本件申立に消極的である。

10  相手方茂一は、申立人の隣りに居住しているので、しばしば申立人より干渉を受け、昭和五六年六月遂に申立人と口論のうえ申立人を殴打したため罰金刑を受け、相手方らの中で申立人との関係が最も悪く、申立人の要求を拒否している。

三  本件において申立人の求める扶養は、申立人の身辺の世話をするというものであるが、民法八七七条の扶養にこのような身上監護を行う扶養が含まれるかが問題となる。

ところで、夫婦における同居協力義務及び未成年の子に対する監護養育義務には、その性質上身上監護が含まれ、また親族間の扶養義務の履行方法として認められている引取扶養には、経済的出捐に加え、扶養義務者が扶養権利者のために直接的に身辺の配慮をするという要素が含まれている。

そうすると、親族間における扶養にも引取扶養とは別個に身上監護を行う扶養が認められるものと解するのが相当である。しかし、身上監護扶養は、扶養義務者に長期にわたる労働の提供を強いることになるから、法的義務として認められるとしても、直接強制はもとより間接強制をすることも認められない。また夫婦間の義務や親の未成年の子に対する義務に比べるとより稀薄な義務であるから扶養義務者が扶養権利者の身上監護に対し非協力であるときは審判によつてこれを命ずることは相当でない。

これを本件についてみると、前記認定のとおり、申立人はてんかん症のため定期的に発作が生じており、かつ独居しているので身上監護を必要とする状態にあることは明らかである。しかしながら、他方前記事実によると、申立人と相手方の間には長年月にわたる葛藤があり、相手方茂一との間では刑事事件にまでなつており、相手方らの申立人への不信感は強く、申立人と相手方らの間の信頼関係が崩壊していること、申立人の要扶養状態はもつぱらてんかん症に起因するものであり、専門的な医療上の措置を必要とするものであるから、既に多くの者が高齢で要扶養状態に近いと認められる相手方らに申立人の身上監護を期待しえないことなどの事情が認められる。

そうすると、申立人が将来にわたつて身上監護を必要とする状態にあり、日々孤独と不安感に苛まれていることは十分理解できるが、前記事情のもとで相手方らに対し審判により身上監護を命ずるのは相当でない。結局、現在のところ、相手方らが愛情に基づき自発的に申立人に対し身上監護行つてくれることを期待するほかなく、それには申立人においても相手方らの信頼を回復するよう努める必要があるものと思料する。

よつて、本件申立を却下し、主文のとおり審判する。

(家事審判官 村岡泰行)

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